EUからも出展し、生物多様性に関わるEUの取り組みを紹介していたが、私はEUと言っても各国の利権が交差する中でどうやってEUとしての姿勢を打ち出すのが疑問に思った。しかし、それを聞くのは控えた。
名古屋からJ1アルビレックス新潟に熱い思いを送ります。 Sending my passion to the J1 Club Albirex Niigata from Nagoya.
2010年10月26日火曜日
生物多様性交流フェア
EUからも出展し、生物多様性に関わるEUの取り組みを紹介していたが、私はEUと言っても各国の利権が交差する中でどうやってEUとしての姿勢を打ち出すのが疑問に思った。しかし、それを聞くのは控えた。
2010年10月24日日曜日
あの日あの時
前日の夕方、はあの中越大地震が新潟を襲っていた。
準地元の私は当然のように磐田へ行った。
スタジアムへ入り、アルビゴール裏から磐田ゴール裏をみると「新潟のみなさん頑張ってください。」という横断幕が掲げてあった。
試合は新潟の完敗だった。
2010年10月23日土曜日
アウェー FC東京戦
2010年10月21日木曜日
クロコノマチョウ
ある地下鉄のコンコースにパタパタと不器用に飛び回る昆虫がいた。
通行人の多くは--特に女性は--気持ち悪そうに避けながら歩いていた。
私も、ん、ガが迷い込んだな、と一瞬思った。しかし、違う。確かに飛び方はガのそのものだ。でも、違う。何かが違う。上手く表現できないが、ガではない。こんな大きさと形のガは知らない。
だとすればチョウだ。
この飛び方をするチョウ・・・もしや、と思い近づいた。素速く、しかしぎこちなく飛び回るその昆虫が僅かに開いた羽の間からちらりと見えるオレンジ。
ひょっとして・・・
私はゆっくり明りのある壁にそのチョウを追い詰めた。バッグにはデジカメが入っている。撮るが先か、捕るが先か。
あれだけ動き回るチョウを撮るのは 難しい、しかし無理して捕れなかったら撮った方がよかったということになるだろう。
しばし迷った。数十秒迷った。しかし、結局欲望に負けた。独占欲だ。
壁の角へ追い込み、天井と壁の中間を上下に行き来するチョウの行動をじっと見つめ、狙いを定めた。
捕虫網がほしい。しかし今あるのは自分の手だけだ。
にらみ合うこと5分、チョウの動きを見ながら両手で素速く挟んだ。 やった! 生まれて初めてのクロコノマチョウだ!
温暖化の影響を受け、愛知県でもしばしば見つかるようになってきたことは知っていた。しかし、なんだかんだ言っても、ここは名古屋でもほほ都心部だ。
近くの公園かどこかからはぐれ、暗くなって、正の走光性で明るい地下鉄へ潜り込んできたのだろうか。
採集用具を持ち合わせていない私は、片手でチョウの体をつまみ、もう一方でバッグからティッシュペーパーを出し、三角紙もどきに折りたたみ、その中にチョウ包み込んだ。
帰宅後すぐに冷凍庫へ入れた。時間のある時に解凍し、標本にしよう。
10年以上昆虫標本を作っていないので段ボールから道具を出してこなければならないが、それもいいだろう。
※以前にも書きましたが、採集によって絶滅した昆虫は知られていません。昆虫の種と数の減少は主として開発や農薬散布等に伴うものです。
昆虫愛好家の多くは同時に自然保護を訴えています。
2010年10月18日月曜日
中スポ・・・買っちゃった
しかし、新聞受けの裏側をチラッと覗くと・・・・ん、グラ大敗!?
おっ、面白そうだ。 ついつい私は買ってしまった。
客から見える面はA、裏へ回るとB。目を凝らすと・・・こんな記事があるらしい。
珍しくデカデカと載った名古屋グランパスの記事(赤線囲み)
頭を抱えるピクシー、サッカーボール4個を頭にぶつけられ涙目のグランパス君が痛々しい。
久しぶりに「買って良かった」スポーツ紙だった。
2010年10月17日日曜日
ホーム 名古屋戦
今日は一日中家にいたが、やることがたまっていて、ネットもおちおち見ることができなかった。
まあそうは言っても、時折眺めていた。
マルシオが復帰し、出場停止のチョ・ヨンチョルの変わりは三門。その三門が調子よさそうだ。
とはいえ、前半、新潟はシュートが少ない。
その中で前半31分、マルシオのFKが直接ネットを揺らす。新潟先制!だ。
しかし、直3分後、セットプレーからケネディに同点ゴールを叩き込まれる。ほら、ちゃんと気をつけなきゃ。
試合は進み、前半同点で折り返しだなと思った終了近くの43分、三門がゴ~~~~~ル!!
さらにまさに前半終了間際の45分、今度は大島!!!!
待ってたよ。
2点差をつけて後半へ。
これ、気をつけないと。とにかく1点を与えてはいけない。できれば追加点を取っておきたい。
そして、後半8分、名古屋の中村直志が予定通り(名古屋サポさん、ごめんなさい)2枚目の■イェローカードで退場! 思わずニヤつく私。
その後もウチはマルシオ、ミシェウとシュートを打っていたようだ。
そうこうするうち、後半30分、またもやマルシオがゴ~~~~~ル!!!!
もうこれはダメ押しといってもいいだろう。
最初少なかったシュートも終わってみれば名古屋15に対し新潟14。
完勝だ。首位に強いアルビ、スワンで名古屋に負けないアルビをまたキッチリ印象づけた。
次節は降格候補のFC東京だが、遠慮することない、お人好しになることない。
またきっちり蹴っ散らそう。
応援の皆さん、お疲れさまでした。明日仕事の人、飲み過ぎないように。自走の人、絶対飲まないように。
2010年10月14日木曜日
京都のエスカレーターは?
で、エスカレーターに立つ時は左右どちらにするのでしょう?
2010年10月12日火曜日
なごやんの続・鉄道日記(6)JR東西線、学研都市線
2010年10月11日月曜日
悩み:ブツブツブツブツ・・・
まあ、フツーに考えれば素直にWordPressに移行させればよいのだろうが、移行された一部のブログを見ると、私の価値観では悲惨な状態になっている。
マイクロソフトは世界に名だたるIT企業であるが、他のIT企業同様、決して顧客を大事にしているわけではない。とりわけ、MSNで実験した結果をマイクロソフト本体の経営(敢えて経営と言いたい)に生かしてていることはウワサの域を既に出ている。
そんな会社のブログで、重くて使いにくいという欠点はあったが、広告が少なく、スッキリしているし、何と言ってもブログの作成(フォント、写真、それらの変換等々)が比較的易しいのも事実であり、私は色々文句を言いながらも、他のブログと比較しつつ、MSNブログに固執してきた。
さあ、ここへ来てどうするか。
これまでコツコツと書いて、アップを待っている「新・鉄道日記」を含む20以上の下書き原稿=これには図、写真も含まれている=をどうしよう。
2010年10月9日土曜日
天皇杯 町田戦
今日は3時に起きてネットライブでSCフライブルクの選手が出ているベラルーシとボスニア・ヘルツェゴヴィナのユーロ2012予選の試合をネットフォローしていたので、午睡し、起きたのが14時を大きく過ぎていた。
J's GOALを開いたら亜土夢が前半2得点していたが、後半早々に1点を返されていた。
「まあ、なんとかなると思うが。」と思っていたら、何とかなった。
他の試合結果を見てみたら内容はともかく、殆ど順当だった。ソニー仙台もちゃんと負けていた。
セレッソやアルビのサポーター以外のサッカーファンはジャイアントキリングを楽しみたかったであろうが、そうは問屋がおろしませんテ。
敢えて言えば千葉(J2)が京都(J1)に勝ったことぐらいだが、まあ、現在の実力をみればそんなところなかなと思う。もっとも、リーグ戦で京都に勝ち点をサービスしてあげたお人好しチームがないわけではないが。
亜土夢の得点はどのくらいぶりだろう?コメントを読むとラッキーな面もあったのだろうが、ゴールは何より自信につながる。
是非リーグ戦でもゴールへ羽ばたいてほしい!
応援の皆さん、お疲れさまでした。
2010年10月3日日曜日
なごやんの続・鉄道日記(5)愛知環状鉄道
名古屋に住んでいるとどうしても地元の話題になってしまいます。
しかし、その後の社会情勢の変化で路線上の大企業がそのために敷こうとしたにもかかわらず、鉄道路線を必要としなくなったことなどから計画は縮小されました。
岡崎駅は東海道本線岡崎駅と、中央本線高蔵寺駅(春日井市)を結んでいます。
ちなみに、こんな感じでした。
列車は2000系の電車ですが、中央本線から211系や313系の電車も乗り入れています。
この電車で2駅目の中岡崎駅は名鉄岡崎公園前駅に隣接し、岡崎公園、岡崎城へのアクセスに便利です。
いいのか名古屋?
名古屋では当然翌日から優勝記念セールが行われる。私は10月2日、キンチョウスタジアムへアルビの応援に行ったので「セール」は残念ながら見送った。
特に中日ファンでない私も、セールとなれば割り切って便乗したいと思い、今日、10月3日、昼少し前に名古屋市中心部のデパートを歩いてみた。
地下鉄ラクラク、地下街ラクラク。こりゃどうしたことだ?
確かに地下鉄の駅には宙吊り広告が出ていたがひとつだけ。地下街を歩いても宙づり広告は全くない。いくつかの店が個別に記念セールをやっていた。どうも「地下商店街連合」としては何もやっていないようだ。
いつものナンチャラセールとあまり変わらない。
ひっそりと置いてあった、50% オフのブランド品といくつかの消耗品、それにちょっとしたオヤツ(もちろん記念セール)を買ってきた。
なんか調子外れだった。阪神が優勝していればきっと大阪や神戸の街は賑わったのだろうなと思った。
4年前、中日が優勝した時はこんなものじゃなかった。
違う、違った、違ってきている。
今年のJリーグは名古屋グランパスが優勝するかもしれない。優勝しても街は何事もないように動くのだろうな、きっと。デパートへ行った。「中日優勝記念セール」の札はちょくちょく見かけるが、そう大々的にやっているとは思えない。客の入りも普段と変わりない。セール商品を奪い合う姿もみられない。
いつものナンチャラセールとあまり変わらない。
ひっそりと置いてあった、50% オフのブランド品といくつかの消耗品、それにちょっとしたオヤツ(もちろん記念セール)を買ってきた。
なんか調子外れだった。阪神が優勝していればきっと大阪や神戸の街は賑わったのだろうなと思った。
4年前、中日が優勝した時はこんなものじゃなかった。
違う、違った、違ってきている。
今年のJリーグは名古屋グランパスが優勝するかもしれない。優勝しても街は何事もないように動くのだろうな、きっと。デパートへ行った。「中日優勝記念セール」の札はちょくちょく見かけるが、そう大々的にやっているとは思えない。客の入りも普段と変わりない。セール商品を奪い合う姿もみられない。
いつものナンチャラセールとあまり変わらない。
ひっそりと置いてあった、50% オフのブランド品といくつかの消耗品、それにちょっとしたオヤツ(もちろん記念セール)を買ってきた。
なんか調子外れだった。阪神が優勝していればきっと大阪や神戸の街は賑わったのだろうなと思った。
4年前、中日が優勝した時はこんなものじゃなかった。
違う、違った、違ってきている。
今年のJリーグは名古屋グランパスが優勝するかもしれない。優勝しても街は何事もないように動くのだろうな、きっと。
アウェー C大阪戦
この電車には各車両の前方に掲示板があるのだが、行き先、現在地、運転席から見たそとの光景等々、いろいろ変化するのだ。ニュースが流されたり。面白い。
鶴橋商店街なるところへ行ったが、正直、私の口に合う食物はなかった。ソウルへ行った時、食べるものに困ったことを思い出した。
これで、ブログがこれ以外に2題分ストックできた。 (ですから、ここには写真は使いません。)
奪われたゴールは東口のせいではないね。
ウチの得点は最初明堂と掲示されたが、どうも大島だったらしい。なんとか引き分けはいけると思ったのだが・・・
タイムアップ後は人混みを例によってダッシュで駆け抜け、18時01分の列車に飛び乗った。そして、18時26分鶴橋発のアーバンライナーで帰ってきた。
次節こそ勝ち点3を取ろう。
マルシオはそろそろ復帰かな?
応援の皆さんお疲れさまでした。
2010年9月30日木曜日
なごやんの新・鉄道日記(1)シュヴァルツヴァルト
★プロローグ
なごやんの鉄道日記全50回では1年間にわたり旧国鉄、現JRの鉄道を眺めてきました。そのシリーズは既に終了しています。
なごやんの続・鉄道日記ではそれらを補完していきます。これは間遠ながら継続させます。
今回新たに加えた「なごやんの新・鉄道日記」では外国の鉄道の経験を書きます。これもボチボチ思い出したように書いていきます。
最近では内勤だけになってしまいましたが、少し前まではちょくちょく外国出張があった私は、その国へ行く時にはやむを得ず空路でしたが、着いてしまえば原則として陸路、しかも鉄道を利用しました。そのため、同行者と別行動をとったり、のんびりした観光をミスったりもしています。
一方、思わぬ出会いがあったりもします。
そんなこんなを綴っていきます。
残念なのは、その時代、あまり写真を撮っていないということです。
第1回は貴章つながりというわけではないですが、シュヴァルツヴァルトを含むドイツ南西部での経験です。
★いざ、ドイツへ
何年か前のある日、仕事でドイツへ出張しました。行き先は歴史と学生の街、ハイデルベルクです。
4月25日
名古屋空港(0900)~~~~成田空港(1300)~~~~フランクフルト空港(1814)---[DB]---(1840)マインツ中央(1906)---[IR 2313]---(2000)ハイデルベルク中央 (泊) (DBはドイツの国鉄、IRはドイツの急行、インターレギオです。)
ハイデルベルクへ着いたのは夜。次の日にはドイツでの仕事場にもなるホテルにチェックインして寝るだけでした。
★アルテ ハイデルベルク
4月26日~29日
ハイデルベルク滞在
街からはそのホテルまでケーブルカーで行かなければなりません。山腹のこの駅を降りてあるのは私たちの泊まっているホテルだけで、街へ出て遊ぼうなんてことは全くできません。
ハイデルベルク城を横に見てケーブルカーでホテルへ行きます。
★ネッカー川
途中休日がありましたので、その時にはケーブルカーで街へ下りました。
ケーブルカーとそのきっぷ (切符に印刷されている HSB は Heidelberger Straßen- und Bergbahn の略で、無理に英語を充てれば Heidelberg's Street- and Mountain Rail といったところでしょうか。)
街ではネッカー川を舟で下りました。
ネッカー川を下るなごやん
★シュヴァルツヴァルトへ
4日間の仕事は終えたのですが、そのまま帰国するのはもったいないと考えた私はもっと離れた場所、スイス国境の街、コンスタンツに敢えて別の「仕事」を作りました。
いや、実は・・・シュヴァルツヴァルト(Schwarzwald~黒森)を通ってみたかったのが本音というのは内緒です。折角、ハンブルクやベルリンではなくハイデルベルクへ来たのですから。
ドイツ南西部のインターレギオ
4月30日
ハイデルベルク中央(0845)---[IR 2473]---(1213)コンスタンツ (泊)
私が訪独した頃、ハイデルベルクからはインターシティーはなく、インターレギオ(Interregio)という急行で行きました。この路線、ハイデルベルクを出るとカールスルーエからオッフェンブルクへ向かい、そこからシュヴァルツヴァルトを通ってドナウエシンゲンに入ります。ドナウエシンゲンからはジンゲンを通り終着コンスタンツです。貴章の住む(もうそろそろ住処は決まったかな?)フライブルクはかすってしまいます。
インターレギオ2等車の乗車券
いくら憧れのシュヴァルツヴァルト行きであっても、私は決して1等車などには乗りません。ごくフツーの2等車です。あまり綺麗でありませんが、その国の文化を直に感じることができます。
★国境の学園都市コンスタンツ、ボーデン湖
コンスタンツはドイツとスイスにまたがる街で、ホテルは駅から比較的近いところにありました。
私はコンスタンツ大学理学部の物理学の先生を訪ねたのですが、初対面にもかかわらず、その日の夕食は彼の家で奥さんの手料理でした。アスパラガスの季節ということでクタクタに茹でた白アスパラガスがボウル一杯に出てきたのには少々閉口しましたが、日本では高級品ですから、たくさんいただきました。奥さんは国境を越え、スイスで働いているそうです。ほとんど国境の意識はありません。
コンスタンツ大学は理学、政経、人文の3学部を有し、それぞれの分野で実績のある、ドイツの中でも堅実で優秀な大学のひとつです。
建物が斬新だったのが印象的でした。プロローグにも書きましたが、この頃私は写真を撮る習慣がありませんでしたので、パンフレット類や切符しか残っていません。今から思えば残念です。
国境の街コンスタンツの駅舎はドイツ側とスイス側にひとつずつあります。コンスタンツ大学は丘の上にあり、ボーデンゼー(湖)を見下ろしています。
コンスタンツへ着いた日のランチはその先生と2人でボーデン湖畔で摂りました。そこにあるのは「静寂」でした。シーンとして人工的な音は一切ありません。ナイフとフォークをカチャカチャいわせる音すらありませんし、出せません。
時折、鳥の鳴き声や木の葉のカサカサいう音、かすかな風の音がするだけです。こんな静けさは私が幼い頃にも経験したことがありませんでした。
貴章も、何かの折には独りでここへ来るといいのに・・・
結局コンスタンツで「仕事」をしたのは4月30日の午後だけでしたが、大学へ行き、非常に濃厚な時間を過ごせました。
夕食後の1時間強と5月1日の朝だけちょっとした買い物に街を歩きましたが、そろそろ帰らなければなりません。
★あ~あ、また現実回帰
コンスタンツから最も近い空港はスイスのチューリッヒ空港で、1時間もせずに着くのですが、ひとつの目的だけで日本を出た私のパスポートで入れる国はドイツだけですので、フランクフルトまで戻らざるをえませんでした。もちろん、空路でフランクフルトへ行くテもあったのですが、陸路優先、列車優先が私のポリシーですので、インターレギオで戻ることにしました。
ドイツだけで有効なパスポート(いわゆる一次旅券)
5月1日
コンスタンツ(0949)---[IR 2100 Bodensee]---(1415)フランクフルト中央(1445)--<地下鉄>---フランクフルト空港(2050)~~~~ (泊)
帰りのインターレギオにはボーデンゼーというニックネームが付いていました。
5月2日
~~~~成田空港(1850)~~~~名古屋空港
次の日職場へ行くと1週間分ため込んだ仕事、そして戦いの日々が待っていました。
つかの間のドイツ出張 でした。
超久しぶり
これまで約3年半「なごやん」を続けてきましたが、そろそろ引っ越ししておこうと思います。
引っ越しに当たっては、いくつかのブログを試してみました。
このブログがスッキリしていていいかなと思いました。
とりあえず、先日書いた新・鉄道日記から始めてみます。
